profile

tomoca

tomoca

Oboe Player tomoca

3歳でピアノ、13歳でオーボエに出会う。
桐朋学園大学でクラシック音楽を学び、卒業後、
国内外のミュージシャンに導かれインプロビゼーションを学ぶ。

2001年ライブ活動をスタート。
2005年「Aqui」でCDデビュー。
2009年「Lotus」をリリース。
多彩な編曲でアレンジャーとしての高評を博す。
2013年 久保田麻琴Produceアジアの名曲を集めた「PURNAMA」リリース。
2014年 全曲バリ島録音・セルフプロデュース「Cantica」リリース。

オリジナリティ溢れる表現の追求・進化を続け、
2012年からはバリ島⇔東京の2住生活。
作曲はバリ島のスタジオで行っている。

日本ではライブ活動の他、スタジオミュージシャン(広多智香)としても活動。 これまでの録音は数千曲に及ぶ。
この数年、確立されてきたオリエンタルでエスニックなtomocaワールドは リスナーの想像力をかき立て自由な音旅へと誘(いざな)う。

もっと詳しいプロフィール

tomoca

tomoca

tomoca

tomoca

tomoca

tomoca

tomoca

2~3歳 ラジオから流れる歌謡曲を耳コピしながらオルガンで弾き始める。
宇宙人と遭遇。謎の円盤形(レコード)のようなものを手渡された。
7歳 クラシックピアノのお稽古に通い始める。
小学5年生 ピアノの「2段譜の読譜」に限界を感じていた頃、鼓笛隊でトランペットを始める。「単旋律」なので譜読みが簡単であり好都合であった。
この頃、放送部の先生の影響もありフュージョンやジャズを聴き始める。
中学校入学 吹奏楽部入部。
当然トランペットを希望するが見事にジャンケンで負けてオーボエに出会う。
当時オーボエに関する知識は皆無。選んだ理由は余った楽器の中で唯一「小さくて持ち運びが楽そうだった」から。
楽器の都合上、クラシックに傾倒。
高校入学 吹奏楽の名門校へ入学後、オーボエ奏者・前川光世氏に出会い師事。
ほとんど学校では勉強をした記憶がないほど、ただひたすらに朝から晩まで練習の毎日。
1、2年生で吹奏楽コンクール全国大会金賞を経験。
高校3年の春、前川光世氏が出演したオーケストラの演奏会でベートーベン「英雄」のソロを聴き鳥肌。
音楽の道を志し、音大受験を決心。
音大入学 オーボエ奏者宮本文昭氏の指導を求め、桐朋学園大学へ入学。
基礎からを丁寧に御指導いただく。3年になると宮本氏がまさかの退職。これをきっかけに自力での模索が始まり次第に脱クラシックの方向へ。
この頃、ジャズクラブなどへ出入りするようになる。
負けず嫌いな性格が功を奏し、卒業試験では管楽部門第3位。卒業演奏会に出演。
音大卒業後 クラシック界での仕事に不安と葛藤を抱きながらも、在京のプロオーケストラエキストラとしてコンサート等に出演。
1999年頃 一念発起。原点回帰で脱クラシック。
様々なミュージシャンとの出会いの中、ジャズを学び始める。
2001年 手探り状態でライブ活動をスタート。
バリ島へ一人旅。 
2003年 ステージネームを「tomoca」に。
2004年 スタジオミュージシャンとしての活動をスタート。
2005年 デビューアルバム「Aqui」をコンポーザー鴛淵禎祐とのWネームでリリース。
>>詳細はこちら!
2007年 TV-CMに出演してしまった。しかも「かなりのどアップ」で。。。
インドに行き精神修行。帰国後多少更生。ベジタリアンになる。
2009年 多彩な編曲でサウンドのみならずアートワークにもこだわりぬいたアルバム「Lotus」をリリース。
>>詳細はこちら!
2010年 独自の視点と選曲で構成されたオーボエ教本を出版
>> 出版元・ドレミ楽譜出版社HPはこちら
>> AMAZONで購入
2012年 バリ島在住の画家・森喜久雄との入籍を機に、バリ島⇔東京の2住生活をスタート。
作曲をバリ島のスタジオで行うようになる。
2013年 久保田麻琴プロデュースによるアルバム「PURNAMA」をオーマガトキよりリリース。
アジアの名曲とオリジナルを含むセピアな音世界を表現。
>>詳細はこちら!
2014年 バリ島在住のインドネシア人ミュージシャンとのレコーディング。
そのメンバーとのウブドでの屋外ライブでは100名を超すオーディエンスを魅了した。

全曲バリ島録音「Cantica」(チャンティカ)をオーマガトキよりリリース。アジアンオーボエの新境地を拓く。
>>詳細はこちら!
現在進行中!

詳しいプロフィールを閉じる